福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)840号 判決 1963年7月31日
控訴人 岡部チヨカ
控訴人 岡部定吉
被控訴人 金田一人
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人等の連帯負担とする。
原判決主文第一項は、被控訴人の当審での訴一部取下により、「控訴人等は被控訴人に対し連帯して金二四萬五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年六月一八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない」と変更せられた。
この判決は、被控訴人において控訴人等に対しそれぞれ金五萬円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
控訴人チヨカが示談契約により遺産分割を受けた額が金二三〇萬円であるとの点を除き、被控訴人主張の請求原因(一)(二)の事実殊に控訴人チヨカは弁護士である被控訴人に対し遺産分割請求事件の解決方を委任し、その報酬については着手金として遺産分割による控訴人チヨカの取得額の五分にあたる金員を、更に成功報酬として同上取得額の一割にあたる金員を何れも事件終了の際支払うことを約諾し控訴人定吉は控訴人チヨカの右債務の連帯支払を約諾したことは控訴人チヨカとの間においては当事者間に争がなく、控訴人定吉との間においては同控訴人において明かに争わないからこれを自白したものと看做されるわけである。そして控訴人定吉との間においては成立に争がなく、控訴人チヨカとの間においては控訴人チヨカにおいて真正に成立したことについて明かに争わないから真正に成立したことを自白したものと看做される甲第二号証の一、二、原審証人船越菊太郎の証言及び当審における被控訴本人尋問の結果によれば控訴人チヨカが示談契約により遺産分割を受けた額は金二三〇萬円であることが認められ、該認定に反する乙第二号証はその成立を認めることのできる証拠がないばかりでなく、たとえそれが真正に成立したものであるとしても、同号証にその額を金一一五萬円と記載されたのは税務署に対する関係上虚偽の記載がなされたものであることが右の甲第二号証の一、二及び被控訴本人尋問の結果によつて窺い知ることができるので、これを右認定に反する資料とすることはできず、他に該認定を左右しうるに足りる資料はない。
ところで、右認定の事実関係において見るならば、本件報酬契約は着手金は受理事件の成功不成功に拘らず支払われるものであり、成功報酬金は受理事件の成功した際に支払われるものではあるが、そのいずれの場合もその額が受理事件成功の際の控訴人チヨカの取得額を基準として定めることになつているものであるところ、被控訴人がその受理事件の事務処理中該事件は控訴人チヨカが被控訴人に無断で事件外における示談契約により解決し、且つ調停申立も取り下げたというのであるから、たとえ控訴人が示談契約により金二三〇萬円の遺産分割を受けたからといつて直ちに右金額を基準として着手金を定めることはできないし、また成功報酬金についても被控訴人において最後まで主導的立場にあつて受理事件を成功せしめたということができない以上、直ちに右報酬契約をそのまま適用して被控訴人が本件報酬を請求できるとはいえないのである。この成功報酬金の点に関し、被控訴人は、熊本県弁護士会報酬等規程第五条に「依頼者が弁護士の責に帰することのできない事由で弁護士を解任し弁護士に無断で訴の取下、請求の抛棄若しくは認諾、和解その他の行為をして依頼した事件を完結させ又は故意若しくは重大な過失によつて弁護士をして依頼の事務を処理することをできなくさせたときは弁護士はその謝金の全額を請求することができるものとする」旨規程しており、本件の場合は正にこれに該当すると主張し、かかる規程の存することは控訴人等において真正に成立したことについて明かに争わないからこれを自白したものと看做される甲第一七号証の三によつて認められるのであるが、もともと右の報酬規程は弁護士法第三三条第二項第八号に基き弁護士の報酬に関する標準を示すものとして定められたものであつて、当然に当事者を拘束する効力を有するものではないのであるから、それが本件の場合に該当するとは到底いえないのである。
しかしながら弁護士に対し訴訟調停その他の方法による紛争の解決処理を委任し一定額の報酬の支払を約した場合には、たとえ事件が示談により解決し委任者側の事情により弁護士が解決の最終段階まで関与するに至らなかつたとしても、弁護士がそれまでにその解決処理に尽力した以上それに相当する報酬を支払うのが条理上当然でもあり、また通常の事例でもある。(むしろかかることは世上において一の慣習ともなつているといい得る。)従つてそのような場合についての報酬につき当事者間に明示的な特約はなくともそれまでの弁護士の努力に対し相当の報酬を支払うべき暗黙の合意があつたとも言い得るしまた当初の報酬契約の趣旨の中にそのことが含まれているとも解し得る。而して本件においてもその例外と見るべき何等の特別事情も認められないから、次に認定するように被控訴人が事件の解決処理に相当の尽力をなし、これにより紛争解決の気運が醸成されつつある途中において委任者たる控訴人チヨカが被控訴人に無断で相手方と下方において示談解決し、調停申立を取り下げて事件を終了せしめた場合においては、これを同様に解すべく、それまでに払われた被控訴人の努力に対しては相当の報酬を支払うべきものと解するを相当とする。よつて控訴人等の支払うべき相当報酬額について判断を加える。
控訴人定吉との間においては成立に争がなく、控訴人チヨカとの間においては同控訴人において真正に成立したことについて明かに争わないからこれを自白したものと看做される甲第一号証≪中略≫を合せ考えれば、被控訴人は前認定のように控訴人チヨカから事件の委任を受け、且つ控訴人等との間において報酬契約を締結したのであるが、もともと着手金は受任と同時に支払を受くべきものであるにかかわらず、夫婦である控訴人等の生活が豊でないところから事件終了の際支払を受けることにしてかような報酬契約が締結されるに至つたものであり、且つ以後の事務処理の費用も全部被控訴人において立替支払つていること、被控訴人は右の報酬契約を締結した昭和三四年七月七日直ちに遺産分割調停の申立を熊本家庭裁判所天草支部へ提起し、該事件は同庁昭和三四年(家イ)第二六号事件として係属し、控訴人チヨカがその事件を取り下げるまでの間指定された十回の調停期日には、その内職権変更された同年九月一四日の期日を除いた外は全部出頭し弁護士としての知識経験を活用し控訴人チヨカの為事実上及法律上の主張をなし、相手方に譲歩を求める等種々調停活動に従事したこと、本件事件は、もともと山田家が俗にいう大家(或いは旧家)で相当の資産を有し、相続人等殊にいわゆる本家に属する相続人及びこれを取り巻く者達がいわゆる新民法の相続制度に理解を示さないために当初から難問に逢着し、それがようやく解決されて相続財産の範囲ないし評価の問題になると、今度は本家の相続人が容易にその全部の範囲を明かにしようとせず、一方控訴人等側としてはそれらを調査しては対抗し、延いてはそれに特別受益者の相続分という問題も飛び出して錯綜を極め、また資産殊に山林の立木の評価については鑑定人の鑑定の実施方法について控訴人等が疑念を持ちその鑑定結果に納得せず再鑑定を申請するということなど、非常に複雑難事件であつたのであるが、被控訴人の調停活動ないし控訴人等に対する適切な助言等により漸次調停成立の気運に進み、その方法も当初金五、六十萬円の現金分割を提示していたに過ぎない相手方も控訴人等の要望額三〇〇萬円程度に近かずきつつあり、一方被控訴人としては若し相手方が控訴人等の要望額に応じない場合は、該事件を審判事件に移行せしめるにおいては相続財産の評価額から見て金三〇〇萬円の分割は確実と判断していたので、かかる状勢下において、それを強く押し出すにおいては控訴人等の要望額どおりの調停成立は確実と判断しその挙に出ることを控訴人等とも打合せていた矢先、その動機は明確にされないが、控訴人チヨカは前認定のとおり突如被控訴人に無断で事件外で示談契約し、且つ調停申立を取り下げるに至つたこと、そして控訴人等は、昭和三五年六月二五日被控訴人に対し、郵便で調停事件は取り下げた旨を通知すると共に報酬なりとして金一〇萬円を同封送金したに過ぎないことが認められ(以上の認定に反する証拠はない)、そしてその示談契約の内容が金二三〇萬円の分割を受けることであつたことは前認定のとおりである。一面被控訴人が弁護士としてその受ける報酬に関する標準を示された熊本県弁護士会報酬等規定、すなわち前顕甲第一七号証の三によれば、その第三条第一項第一号に「民事又は商事に関する事件であつて、目的の価格を算定することができるものについての手数料及謝金はそれぞれ目的の価格が百萬円以下のものはその百分の三十以下の金額、百萬円を超えるものは、その超える部分について百分の二十以下としてこれを合算した金額とする。但し手数料及び謝金額を合算して目的の価格の百分の五十を超え、又は百分の十を降つてはならない」、第四号に「調停、和解、強制執行、競売事件の手数料及び謝金は第一号の定める標準の二分の一以下の金額とする」旨規定していることが認められ、また第五条に無断取下等の場合の規定の存することは前認定のとおりである。以上認定の諸事実に徴し考えるとき、本件報酬金額は着手金を控訴人チヨカの示談契約による受益金の五分に当る金一一萬五、〇〇〇円、成功報酬金として同受益金の一割に当る金二三萬円と認めるを相当とする。
もつとも、この点に関し、控訴人等は「被控訴人は調停期日に三回も無断欠席し、また出席した日も指定時刻に正確に出頭せず遅刻を常とし、しかも八回も調停期日を重ねながら控訴人チヨカのために何等調停成立の気運の見るべきものを作為せず、全く弁護士として受理事件を処理するについて誠実を欠ぎ善良なる管理者の注意義務を怠つているのであるから、控訴人等に報酬金支払の義務はない」と争うのであるが、該事実を肯認できる証拠が何もないばかりでなく、それを誠実に処理したものであることが前認定からして明かであるから、控訴人等の右主張は採用できない。
以上のとおりであるから、控訴人等は連帯して被控訴人に対し報酬金合計三四萬五、〇〇〇円の支払義務があるところ、これに対して金一〇萬円の支払がなされたことは被控訴人の自認するところであるから、その残額金二四萬五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年六月一八日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。
よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することにし、控訴費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
尚、当審において訴の一部取下があつたので、原判決主文第一項は主文第三項のとおり変更せられた。
(裁判長裁判官 中村平四郎 裁判官 丹生義孝 中池利男)